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AXISというムーブメント・システムについてのひとつの仮説

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~姿勢・中枢神経・そして「中枢に縛られない知性」へ

AXISが目指すもの:姿勢と中枢神経の「バランス」という視点

SenseBody AXISは、身体の動きを介して中枢神経系にバランスをもたらすことが、姿勢そのもの、そして姿勢から影響を受けて生じる生理的な状態にバランスをもたらす——
そうした、人間にとって心地のよい「身体環境」を、自ら育てていくきっかけとなることを願って設計されたムーブメント・システムです。

ここで言う「バランス」とは、ある一つの「理想的な状態」に固定することではありません。むしろ、刻々と変化する環境や内的条件に対して、過度な緊張や防御に偏りすぎることなく、いつでも調整が可能な余地を取り戻していくこと、と言った方が近いと考えています。

進化の過程から見る中枢神経系の役割

ここで、進化の過程に目を向けてみたいと思います。

海の中に漂う、外も内もほぼ海水と同じ成分であり、薄い一枚の細胞膜が外と内に境界線を示していた単細胞生物だった頃から始まり、多細胞生物へと複雑化し、背骨を持たない無脊椎動物として前と後ろがまだない世界を経験し、顎をまだ持たない食うか食われるかではない世界を経験している魚としての脊椎動物が生じ、そのうちに顎が発達し、目が発達することで前後左右の感覚が生じて獲物を得るか捕食されるかの神経が育ち、それが両生類、爬虫類となるわけですが、これは生物にとっては生きるか死ぬかの必死な進化なことは言うまでもないですね。陸に上がるためには、それまで必要のなかった肺を介した血液循環の確立を必要とするわけですから、心臓のあり方を変えないといけない。これを無事通過し陸に上がった生物はさらに、鳥類、そして私達ヒトが分類される人類に至ります。

最初、生物に「目」が生まれたことは、単に視覚情報を得る器官が追加された、という出来事ではなく、前、後ろ、右、左という「方向」が明確に生じ、移動と行為に選択が生まれたという点において、極めて大きな転換点だったと言えると思います。

捕獲する。
捕獲されないようにする。

こうした行為選択をより効率的に行うために、感覚器と神経系が前方に集中し、脊椎動物としての中枢神経系が発達していきました。つまりこの中枢神経系が担ってきた役割とは、生き残りをかけて脊椎動物が進化の過程で選択してきた、「捕獲/逃走」をより素早く、より確実に遂行するためのシステムであった、と一旦は捉えることができるかと思います。

このシステムが、結果的に効率や成果をもたらすものであるのかどうかは、ここでは脇に置いておき、話を少し先へと進めたいと思います。

注目したいのは、この進化の過程で動物は、中枢神経を発展させることを優先的に選択した、つまり「過去」「記憶」「蓄積」が、神経の自動化のベースとして強く機能する、という点です。良くも悪くも、神経接続のパターンは、全身の組織にパターン化され、記憶されやすいわけです。それは、脳内の回路だけでなく、姿勢や動作の癖、筋緊張の分布といった形で、身体全体に刻まれます。

記憶として身体に刻まれる防御パターン

哺乳類の多くでは、強い恐怖や危機的な経験の後、身体をブルブルっと震わせるような動作によって、神経系の高ぶりを落ち着かせる様子が観察されることがあります。

一方でヒトにおいては、こうした反応が起こらない、あるいは起こっても抑制されやすい文化的・社会的条件の中で生きています。その結果として、経験が「動作として完了される」よりも、「記憶として保持される」傾向が強まっていると仮定することもできると思います。

もちろん、記憶が優先的に選択されることには、学習や情緒、社会性といった肯定的な側面も多く含まれています。ここではこうしたヒトの営みを否定する意図はありません。

ただ、トラウマ的な出来事(と言っても、必ずしも劇的な体験に限らず、ちょっとした怪我、少し驚いた経験のようなものも含めて)に焦点を絞ると、話は少し変わってきます。

こうした出来事は、防御反応としての神経パターン、脳の反応様式、ひいては全身の組織の緊張配置として記憶されやすくなります。そしてこの記憶を手放し、新たなパターンへと置き換えていくためには、時間、適切な知識、テクニック、場合によっては薬物療法など、多様な手段が必要とされることも少なくないのが現実です。

一般に「トラウマ」という言葉は、どこか大仰に響き、自分には関係のないものとして受け取られることも多いですが、身体がパターンとして記憶する、という観点に立てば、
生きている人間であれば、大小の差はあれ、誰しも何らかの「トラウマ」を抱えている、と捉えることもできるため、トラウマという言葉の響きとは裏腹に、大変一般的な現象です。

このようなトラウマは全身の組織の状態に影響を与え、結果として、目に見える姿勢や動きの傾向として表出してきます。


こうした文脈において、AXISは、比較的マイナーなトラウマ的記憶や防御パターンを再教育し、姿勢や生理状態を、よりバランスの取れたものとして育てていく一つの手段として設計されています。

脳を持たない生物が示す「知性」という問い

ここであらためて、AXISを
「ヒトの中枢神経系にバランスをもたらすムーブメント・システム」
と、仮に定義して話をもう少しだけ進めてみたいと思います。

では、中枢神経系に一定のバランスがもたらされたとき、身体や思考、システム全体には何が起こりうるでしょうか。

マーリン・シェルドレイク(Merlin Sheldrake)の『Entangled Life』では、菌類という、植物でも動物でもない生命体が扱われています。そこでは、藻や菌類が示す、動物とは異なる、しかし高度に洗練された問題解決能力や学習のような振る舞いが描かれています。

“Because these organisms don’t look like us or outwardly behave like us, or have brains, they have traditionally been located a position somewhere at the bottom of the scale.
Yet many are capable of sophisticated behaviors that prompt us to think in new ways about what it means for organisms to ‘solve problems,’ ‘communicate,’ ‘make decisions,’ ‘learn,’ and ‘remember.’(「これらの生物は、私たちのような見た目をしておらず、外見上も私たちのように振る舞うわけでもなく、脳も持っていないため、従来はしばしば生命の序列の中で、どこか最下層に位置づけられてきた。

しかしその多くは、生物が『問題を解決する』『コミュニケーションを行う』『意思決定する』『学習する』『記憶する』とはどういうことなのかについて、私たちに新たな考え方を促すほどの、高度に洗練された振る舞いを示す能力を持っている。」)(2020. Sheldrake.)”

ここで示されているのは、問題解決や学習、記憶といった機能が、中枢神経系だけに独占されているわけではない、という視点です。

AXISやその他のソマティックワークによって、中枢神経系の過剰な防御や緊張が一度鎮まり、その“生存戦略としての自動化”が緩んだ先には、こうした、中枢神経の論理に縛られない意識の状態や、別の機能の仕方が、垣間見えてくる可能性があるのではないかと、仮説として提案させていただきたいと思います。

筋膜という組織が示す、もう一つのコミュニケーション

この点に関連して、Continuumの創始者であるエミリー・コンラッド(Emilie Conrad)をはじめ、ロルフィングのプラクティショナーや多くの臨床家たちが、筋膜という組織に注目してきたことも興味深いと思います。

コンラッドは晩年、脳性麻痺を起こした患者との共同研究において、中枢神経系の働きが、脊柱に対する突然の強い衝撃によって停止した後であっても、筋膜の動きを活性化することを介して、従来は回復しないと断定されてきた損傷部位以下の動きが再び生まれる、という経験を重ねました。

このことは、筋膜が「中枢神経とは別の知性を持つ」と単純に言い切れるものではないにせよ、少なくとも、全身の機械受容や内受容の入力が集まる媒体として、神経系の調整や自己組織化に深く関与している可能性を示唆しています。

こうした視点を踏まえると、ヒトを含む脊椎動物以降の生物もまた、中枢神経系が担ってきた過剰な生存戦略(過剰な防御や緊張)を一度緩め、鎮静することによって、進化の過程で中枢神経を選び、その代わりに手放してきたかもしれない、藻や菌類といった遠い祖先が持っていた、システム全体で環境とコミュニケーションを取り合う在り方を、部分的に思い出す機会を得るのではないかと考えます。

AXISは「仮説」として何を提示しているのか


AXISのエクササイズ後に、姿勢の変化のみならず、視野や皮膚感覚、呼吸、重さに対する知覚、そして空間に対する自分の在り方がシフトするその経験は、中枢神経の過剰な防御機構が鎮まり、それ以外の知覚が働き始める感覚なのかもしれない。哺乳類として、ヒトとして背負う制限をひとつ緩め、それ以外の在り方として世界を一瞬でも経験することなのかもしれない、と仮説的ではありますが、話を進めてまいりました。制限が緩み、視野がシフトすることは、多くの可能性をもたらすというこの見方は、Continuumの創始者のConradが強く伝えてきたことのひとつでもあります。

結論ではなく、問いとして


さて、先にも申し上げましたが、この文章で述べてきたことは、いずれも結論ではなく、検証され続けるべき仮説です。
しかし、身体の動きと姿勢を通して中枢神経系に余白を取り戻すことが、
ヒトの意識や機能の在り方を、これまでとは少し異なる方向へとひらいていく、
その可能性を示す一つの提案として、ここに記しておきたいと思います。

参考文献・着想の源

  • M. Sheldrake. (2020) Entangled Life. Penguin Random House LLC. 
  • 三木成夫『生命とリズム』
マーリン・シェルドレイク「Entangled Life」 菌類の世界を垣間見せてくれる、インスピレーションに富んだ書です。ぜひ!

“Stability within motion. A body that stands with gravity, not against it.”

— SenseBody: 「動きの中の安定を。重力とともに立つ身体を。」