
ひょんなことから、30年来の憧れの解剖学の先生から学べることになった。
カナダ国立バレエ学校での出会い
先生の名前は Irene Dowd。ニューヨークのジュリアード音楽院の元解剖学教授。私がカナダ国立バレエ学校で学んでいた頃、バレエ学校の先生を対象に年に一度教えにカナダにいらしていた。当時のモダンダンスの指導を担当していたPeggy Baker と共同で Irene は今で言う関節の可動のトレーニング・エクササイズを作っていて、96年卒業の私の代が第一期生としてエクササイズを学んだ。
Ireneは、Mabel Toddの仕事を基礎にIdeokinesisを発展させたLulu Sweigardの教え子。Sweigardは、身体の構造をイメージすることによって動きや身体の使い方に働きかけるToddのアプローチを受け継ぎ、1970年代に自身の仕事を「Ideokinesis」と名付けた。Ireneは1968年から1974年までSweigardに学び、助手も務め、その仕事を受け継ぎながら独自に発展させていった。その後 Irene はジュリアードで長年にわたり解剖学とキネシオロジーを教え、その仕事はダンス界に広く伝わっていった。私が在籍していたカナダ国立バレエ学校もそのひとつ。
Ireneの論文が集められた小さな冊子があって、これが私が16だったか、バレエ学校の理学療法室(日本の学校でいう保健室だけれど、バレエ学校の場合、理学療法士が常時待機しており、治療用器具やリハビリとトレーニング用のプールが完備されていた)にポンと置いてあったらしい。それを、当時仲良しだった男の子で、なぜか理学療法士と話が合ったのか、部屋に入り浸っていた子が見つけ「これは Tetsuko 好きそう」といって渡してくれた。これがソマティックワークとの出会いだった。
バレエ学校での「例外生」
話すと大変長くなるのだが、私はちょっとした例外としてカナダ国立バレエ学校に入学した。最終学年では卒業者は15名以下が普通な学校で、入学するには1ヶ月のサマースクールという名のオーディションを経る。サマースクールへの入学者も全国オーディション(現在ではカナダ国外のオーディションもあるそうだ)を通過しなければならないため、入学は狭き門。入学してからも容赦なく毎年落第者が出る。
この学校は、カナダ国立バレエ団付属校であり、クラシックのバレリーナを養成する学校だったが、私には身体的、構造的な条件が揃っていなかった。ただ、色々な経緯があり、最終的に先に挙げたモダンダンスの Peggy Baker と当時の名物校長だった Mavis Staines が「何かしらの(笑)」才能があるため、卒業できるものとすると、入学が許可された。普通は毎年、在学の継続の合否が決まる試験を受けなければならないところを免除だったので、訳がわからない、例外であった。
例外とは、ありがたいようで辛いものだ。皆と違う、ということである。バレエには体の構造的な身体条件が課せられ、クリアしていないと求められる動きや体の線が出せない。大変に(本当に)苦労した。練習してもしても、ダメなのである。今考えれば当たり前であり、今ようやく、そこで何に気づくための苦労だったか、俯瞰して分かるようになったが、30年を要した。要は、外に掲げられた「理想の形」に自分を当てはめようとする美しさではなく、自分に与えられたポテンシャルを存分に発揮しようとする結果の美しさを、自分は美しさと定義しているのだという、自分自身の理念のようなものに、行き着く必要があったということに尽きるかなと思う。
Irene Dowdの本
話を、友人男子から手渡された小さな冊子に戻すと、日々練習を重ね、割と絶望を感じていたときに、この本を受け取ったわけである。
晴天の霹靂であった。
それまで力づくで体を動かそうとしていた自分に、神経系からのアプローチが入った。文章の節々から伝わる「すべての動きは良い、動きである」という彼女が人生で貫いているであろうコンセプトが伝わってくる。すべての体は良い。すべての動きは、良い。日々、自分の体も動きも、バレエが求めるものと比べて絶望を感じ、固くなっていた身体に染み入った。紹介されているエクササイズを行ってみると、練習を重ねてもダメだった動きがスルスルッとできる。こんなアプローチがあるのかと驚愕だった。
あれから自分は、プロのダンサーを経て、ピラティスやバレエを教える仕事を始めた。
そんな中、ずっと残り続けていたのがこの本であり、教えだった。何度読み返しても得るもののある、響く内容だった。
先日インターネットを見ていて、彼女が大分高齢になっていることを知った。そりゃあそうである。時間はあっという間に過ぎていく。
結構勇気がいるものだったが、彼女が生きている間に、感謝の気持ちを伝えたいと思い、メールをした。そして同時に、あの本が、日本語になったらどんなにか素敵だろうとずっと思っていたので、その旨も。
最近では神経学や解剖学の情報などは、ネットに溢れている。最新のデータを見たければAIを駆使し、そこから論文を引いていけば情報は読むことができると思う。でも、彼女の本に記してあるような、臨床の現場で、生のダンサーが抱えている困難と対峙したひとりの解剖学者が経験したこと、考えたことが記されたものが与えてくれるインスピレーションにはなかなか出会わないと思うのだ。数字と実験で証明できるものをベースにすることが科学だと信じられている現代の視点について考えさせられると強く思う。そんなこともあり、今の時代だからこそ、70年代から書かれた彼女の本を、世に出す意味があるのではないかと思っている。
11月の渡米
そんな経緯で、ニューヨーク在住の Irene の弟子である日本人の方からご連絡をいただき、お会いした。さまざまなことを伝えていただき、とにもかくにも、まずはニューヨークに来て先生本人に会いにいくべきだと力説された。先生も迎え入れてくださるとのことで、11月に渡米する。ニューヨークは、Ailey School以来なので、これまた30年ぶりである。
11月の渡米までに、彼女の振付を覚え、動けるように、質問ができる状態にしておかなければならない。世界レベルのダンス界から身を引いてもう20年以上になる。すっかりそんな緊張感を忘れていたが、一度スイッチが入れば思い出すものである。そうだった。。。世界レベルの要求は、高いのだった、と。
しかしここは、大人になってある適度の経験を積んできた知恵もある。どんなに高いレベルが要求されようとも、要求に応えるためだけに努力して、自分の道を見失うという、何度も味わった課題はもういいだろう。自分は、自分が知りたいと思うこと、自分の体で経験がまだできていないけれど、できるかもしれないと思うこと、これを学びたい。そしてこれは直接、セッションでクライアントさん達に還元できるだろう内容である。そんな未知を学びたいから、突然降ってきたこの機会を経験させていただこうと思うのだ。
NY、Noho Pilatesでの解剖学クラス
渡米の準備と並行して、9月からIrene の2つの解剖学のコースが始まっている。こちらは現地でも受講できるし、オンラインでも受けることができる。録画でも参加することができるが、二つのうちの一つは特に、参加者自身の動きをお互いに見合って学ぶアクティブラーニング形式なのでライブが望ましい。そんなわけで週に2回、朝の3時半スタートのクラスに出席し始めている。
これまでに学んできた応用解剖学はオステオパシーという手技を実践するための知識だったので、クライアントは主に受動的に動きを受ける。そんな時の身体の動きと、能動的に動いている際の身体、関節の動き方はまったく違ってくる。実際に受講を始めて、動きに特化した形の応用解剖学を学べることは、自分にとってはそれだけでもヨダレが出るほど(笑)嬉しいこと。
自分自身のこれまでの疑問にも大きく(大き過ぎて困るくらいであるが!)答えてくれて、クライアントさん方の主訴や質問、トレーニングの指導に対しても貢献はすごいものがあると思っている。動き自体は大変細かく、小さなものであっても、何が関節で起こっているかを理解することでトレーニングの方向性は大きくその道を分ける。今日は仙腸関節の動きに焦点が当たったクラスだったが、骨盤は位置や動きの機能として身体の要を担う部分であるため、この場所の見直しはほとんどの人にとって大変重要だ。
クライアントさんへの還元
私が提供させていただいているAXISという神経系を介して姿勢や動きに働きかけるプログラムの先には、丁寧な動きのトレーニングを行うプログラムである AXIS Integration をご用意している。この第二段階に差し掛かるクライアントさんが、AXIS 開始から1年が経過して続々と出てきてくださっている中、Ireneとの学びはまさにベストタイミングである。
私個人の人生にとっても、今回の機会は30年の輪っかの端と端が繋がるような、そんな感覚のある経験だ。すべての流れに感謝している。